つるのしょう

鶴の章とは2015年〜2016年アナザフロンティアスクールを運営するRSEL寺子屋(現テラフロ社)当時の学習ゲームテーマとなる、”マスターポール”の 封印を解くという企業史シーズンの通称である。

その当時開校したRSEL寺子屋に、マスター響のウワサを聞きつけて続々と集まる20代、30代を中心とする筆子たちがいた。

週末夜から明け方まで学び合い、語り合う明治期の寺子屋の復活だった。

しかし集まった者たちの大半は、マスターから純粋に教わりたいわけでも、本気で戦争経済封印を解きたいわけでもなく、人生にさまよい寺子屋に流れ着いた「自分探しちゃん」ばかりだった。

彼らはマスターの意図をくみ取ろうともせず、各々が勝手な動きをし続け、挙げ句の果てには寺子屋で何時間もかけて、自分のアルバイト探しを手伝わせる始末。

「おいおいマジかよ、、、こんなトコから始めなきゃなんねぇのか!?」

ウンザリするマスターだったが、それでも彼らの無礼に目をつぶり、見守り続ける。

日によっては3人参加の寺子屋で、3人とも寝ているなんてこともあったが、そんな時ですら腐ることなく、たんたんと教え続けた。

いつか、本気で自分の教えを受け継ごうとしてくれるヤツが必ず来ると、知っていたからだ。

そして、寺子屋開始から1年以上を経た2016年の春、一人の若者が寺子屋の門を叩いた。

彼は当時21歳、まだ無礼さと生意気さの残る若さではあったが、彼がそれまでの教え子らと決定的に違っていたのは、マスターに本気で憧れ尊敬し、叡智を真剣に教わりたいと望んでいたこと。

そう、彼はマスターがいつか来ると待ち続けた、次世代を担う新人類“ニュータイプ”の片鱗を見せていたのだ。

通い始めて間もなく、彼は寺子屋の先輩たちに対して強烈な違和感を感じた。

「コイツら、一人として
マスターのこと見てないじゃん!!」

そんな周りのことを無視して黙々と学び続け、半年後にはその才能が開花、誰よりも叡智を語れるようになった。

そして、彼はこう宣言する。
「この寺子屋は、マスターっていう“柱”、つまり『マスターポール』があって成立してるのに、その柱のこと無視して、あんたら好き勝手にワチャったり自分自分とか、おかしいだろ!!

オレはマスターポールを回り続けて、先生から教わり続ける。

オレは、いつか寺子屋の先生になりてぇんだ」そんな彼の姿から、ようやく他の学徒らにも、“学び”の意識がほんの少しずつ芽生え始めた。

体育の中心として蹲踞(そんきょ)稽古が本格化したのもこの頃からだった。

この頃のシーズンは、いつかそんな彼らが、マスターへの大恩を返せる日が来ることを願って『RSEL寺子屋 鶴の章』と呼ばれている。