『つい』ふういん/そんざいかんぱすわーどのいんぺい

青春エイリアンズでは我々が時空に居るのではなく、我々が時空を解読し、実は時空の存在感を代替不可能な尊いきらめきとして読み解けたり、また機械的で代替可能としてしまう工場的な虚無な希薄さとして読み解いてしまったり、その暮らしのリアリティが常時ゲノムにより、めくり解き明かされているに過ぎないと学びます。

なので外の世界とは何かを知ろうと外部構造を主知主をして、認知管理する限界性を自覚し、そもそもこの時空を時空として在ると、瞬時に体のフィーリングとして存在感や希薄さを与えてしまっている、我々そのものの内部構造=内存在(五層対時空MAP)を体感で、明晰に理解する事の方が近未来には肝心であるとエイリアン響社長は予測し教えてくれている。

そしてこの存在感(時空世界への解読性)を軸に人生を捉え直すと、私達という自意識が存在感パスワード(対開示と対封印)を扱っているのではなく、

この存在感パスワードのフィーリングや暗黙了解=動態性『両想い/チームワーク』の対開示や対封印の方こそが自意識を扱っていたという、衝撃の主従関係の逆転、エイリアンレベルでのパラダイムシフトを起こすことが出来ます。

これがはじめに言葉ありきのDcodeの真義でもあったのです。青春エイリアンズ式に意訳すれば、はじめに存在感パスワードありき、またははじめに動態性ありき、もっとわかりやすく言えば、

はじめにチームワークありき、はじめに両想いありき、はじめに組み合わせありき、というのが答えなのです。

ですので『対開示』とは組み合わせチームワークの組成によって開示構築される現象が相違するのが時空の復号化であるという定義であり、

さらに『対封印』とは組み合わせチームワークの組成によって封印隠蔽される現象が相違するのが時空の暗号化だったという定義なのです。

ですから対(縁起チームワーク)という仕組みと法則こそが、我々の時空を生成発展または盛者必衰を定めていると青春エイリアンズでは自覚するためにこそ、叡智と蹲踞やRequiem神楽を学んでいるのである。