たいようじん

太陽人とは言葉の如く太陽のように外向きに照らし与え切って与え慣れしている人物像への敬称である。

さらには中華大陸の古代神話における天帝と呼ばれた名君主らの相似形の方々の事をも指す。

そして大地の民に天帝が説く“道”というものはこの太陽人の教えだった。

それはもがどんなに曇っていても、本当はその心身の奥底にマスターロード(何かしらの一芸万芸に通ず道)を秘めているという教えである。

太陽人はその各自の眠った道をあらゆる角度、また熱量の違いで変幻自在に照らす生き様を示す人々でもある。

彼らが乗る宇宙船の事を各地対の神話では太陽の船などとも呼ばれてもいた。

また太陽人は中華の儒教および道教で信奉されている最高神のシンボルでもある。

その語源は周の最高神であった天空の神「天」が殷(いん)の最高神であった卜占(ぼくせん)の神(時空算出=記憶検索機能)=「帝」の概念を吸収して、成立したとも考えられている。

儒教ではこの帝という象徴は天子(てんし)=時の君主のみが祀ることを許された存在であり、

その天帝(太陽人)より受ける「天命」によってその人物は、地を納める皇帝となって王朝を起こし、

天命が変われば新しい皇帝(天子)が前の王朝を倒す「革命」となる。

皇帝が善政を行えば五穀豊穣(ごこくほうじょう)をもたらし、鳳凰や麒麟(きりん)、龍、霊亀(れいき)といった瑞獣(ずいじゅう)と名付けられた巨大宇宙母船を送って、彼ら太陽人は惑星の民を称賛する。

逆に皇帝が悪政を行えば、彗星や天変地異といった凶兆で警告し、ついには反乱者に天命を与えて支援し、革命を起こしてその反D化した皇帝を滅ぼしてしまうのも太陽人である。

そして道教ではこの太陽人には具体的な姿は表現されず、天地の森羅万象を司る絶対的存在であり、仙人や天人、神獣などとも関わりが深いとも暗示されている。

また七夕の話でも実は織姫の父としても登場する。

道教の最高神は太上老君(老子)、元始天尊など、各時代によって太陽人の時空派遣その象徴者は変わっていきました。

宋代の辺りから、この天帝(太陽人)と同一視された玉皇上帝(ぎょくこうじょうてい)が実質的に地球に時空派遣され、道教の最高神となった時代もありました。

元始天尊との関係は、その化身であるとか、宇宙神である元始天尊の指揮下で実際に世界を治めているとか、いくつかの解釈があります。

彼は光厳妙楽国/こうごんみょうらくこく(太陽内部の向こう側の星間文明)の王家の出身で、善政に努め道術を学び、ついに死後にさらなる太陽評議会に昇ったという。

この天帝は「玉皇大帝(ぎょくこうたいてい)」「玉帝(ぎょくてい)」等と別名が多いが、その一つに「天皇大帝(てんのうたいてい)」とも表現される。

ちなみにこの名称こそが日本の「天皇」という号の由来とも言われている。

ただし、天皇大帝は天帝(太陽人)ではなく北辰(北極星あるいは天の北極内部惑星マスターのこと)を神格化した名称でもあるともいう。

また仏教では、インドラ神すなわち帝釈天(たいしゃくてん)が現世を治める最高神とみなしていたりする。

これが中国の信仰と結びつくことで、帝釈天は天帝(太陽人)と同一視されるようにもなっていく。

現在の中国大陸では、儒教・道教と近代化運動や共産党との対立が続いた歴史を経てこの天帝(太陽人)信仰も衰退している。

それでもなお天帝は、各地の道観(道教寺院)で、根強く祀られて継承されているようなのです。

また宗教禁圧が緩い台湾や海外の華僑社会では、天帝(太陽人)象徴はより多くの信頼を集めている。

その他、覇王的力や存在感を持った人物が天帝(太陽人)を自称したり、その異名として呼ばれたりもする事もある。

どちらにしても太陽人とは、自分の命より美しいものを見つけ、治世を成し遂げた名君らの記憶を巻き取る、その資格、背骨を持つ者らの時空協働創造態でもある。 

この一年生の悲しみの星の住人は、各時代に派遣された彼ら太陽人が遺した叡智を素直に学び恩恵を受けて、後も自因自果の理解をさらに多角的に深めていくべきだろう。