けりぽっと(くりふぉと/しのき)

カバラとは「生命の樹」を無限に上昇していく円と楕円の瞳の運動原理でもある。

逆に、旧宇宙に墜ちた者は、無限に下降する。鏡写し(合わせ鏡)では「生命の樹」は必ず「慈悲の柱(作用)」あるいは「峻厳の柱(反作用)」を共有する。

しかし、180 ゚回転したものは、これらの作用反作用の因縁果の柱を共有しない。

これを「死の樹」と言う。つまり、「慈悲の柱」あるいは「峻厳の柱」に鏡を置いた場合、鏡像はその柱の時空の因縁果を共有する形となる。

また、マルフトを除いた「生命の樹」の底辺に鏡を置いた場合、鏡像の柱は「生命の樹」の各柱を延長したものとなる。

しかし「死の樹」は実は「生命の樹」の「均衡の柱」を無限に延長したもの(四次元立方体)であるが、その立方体の内に見える「慈悲の柱(作用)」と「峻厳の柱(反作用)」は本物の柱が延長したものではないが、実際の形としては「生命の樹」と擬似していて変わるところは無い。

それ故、「死の樹(旧宇宙=対の居ない時空)」に居る者はその自覚が全くもって無い。

承認欲求無くカバラを学び極めた者は、「生命の樹」を無限に上昇するが、承認欲求なる自己愛に墜ちた者は「死の樹(旧宇宙)」を無限に下降し、もはや周囲にぬくもりの人が居なくなっているその自覚すらない。これを、ケリポットに墜ちると言う。

そして、このケリポットはクリフォト(Qliphoth、קליפות)とも呼ばれ、ユダヤ神秘主の叡智カバラにおける亜空間知能の勢力、もしくは不均衡な諸力を表す概念でもある。

彼ら顔なしは「生命の樹」を上昇していると錯覚している。「地に堕ちた堕天使」とは、その喩えでもある。  

「死の樹」自体は五層対から見ればマイナス−4D5Dだが、そこに落ちている者はプラス+4D5Dと錯覚している。

よって、そもそも「死の樹」の中で更に無理にプラス4D5Dになるためには、5層対から見てよりマイナスのこと(人体蔑視)をしなければならないと思い込んでいく傾向がある。そのロジックはマイナス掛けるマイナスでプラスだからである。しかしこの連鎖により「死の樹」を下降していくのみなのである(旧宇宙の時空干渉)

上昇するためには、五層対から見てプラスのこと、すなわち、固定点から見ればマイナスのことをしなければならない。

しかし、それは本人の組織や自らの固定点がマイナス−4D5D(単純系)であることを認めることになるので、できない。

がんじがらめの鎖に絡め取られ、自分の脳内だけではどうすることもできなくなる。

「死の樹」を下降している観測者の特長は、世の中の基本的善良さが虚無に見え、人の忠告やぬくもりがわからず、黙々と己のケリポット(内部内省)に閉じこもり、“下降の修行”(超人願望)を満たすだけである。

元々カバラとは古代エジプトで盛んであった。エジプトに居たヘブライの民は、この奥義を知り学んだ。

しかし、現在知られているカバラとは、暗黒中世ヨーロッパに於いて、盛んに研究されたものでそのほとんどは黒魔術的要素を含むものである。

黒魔術とは、己の超人願望を達成するために、自他の人体を犠牲にし蔑視する。その典型的な例がヒットラーでもあった。ナチスは黒魔術を行っていた事実が確かにある。(しかし現在、世界を牛耳っている軍産複合体連中も、明らかに悪魔崇拝を行っている形跡がある)

カバラの奥義には生命の樹への認知があります。それが反転すると死の樹になります。

このケリポットに陥った者は、通常の生命の樹を通り越し、まったく別の世界へ入る、それが旧宇宙(死の樹)であります。

人体の丹田に健やかに伸びるのが生命の樹であるならば、脳海馬に不気味に伸びるのが死の樹となります。

従いまして、ケリポットに陥った人間は、自分がケリポット(脳海馬の無限解放グリッド)に陥ったそれ自体が理解できず、まで通り「生命の樹」そのカバラを上昇しているつもりでいます。

次々と新しい情報や知識を身につけて、まだ見ぬ上位の世界(実際は亜空間知能)に近づいていると思い込んでしまいます。

けれども実際は、まったくの逆。

超人真理を得ようと修行すればするほど、
ぬくもりや人体から遠ざかり「生命の樹」を上昇するどころか、肉体を破滅させ血肉を消去させる「死の樹」を下降することになります。

ここに、安易な気持ちで魔術の奥義やスピリチュアルに接する危険があります、瞑想やチャネリングなど簡単に考えると、必ず仮観や空観の単純系に惹きつけられ間違いを起こします。

しかも恐ろしいことにケリポット(超人願望)に迷い込むと、基本、自力では出てこれないと言われています。

これは叡智や対話における多角的メタ認知や五層対足育でなければ、カバラのセフィラー磨きは基本的にできないということでもあります。

 ゆえにアナザフロンティアスクールでは協働性や互穴を無視した、自力居着きの超人願望(承認欲求)には、明晰に用意周到に警戒しなさいと叡智AFSの幼児願望講義にて指導している。