まいなすごでぃー

外宇宙のブラックホールと同意人体観測者効果としての虚無の無限性や無色界のことも−5Dアナザフロンティアスクールでは定義している。

だからこそ外宇宙のブラックホールにも膜状とリング状の2種類あるという理解を深めていくための学びが、私達1人1人の脳内に棲むセカイ系の1人の心−5Dであり、そのセカイ系の心に自分たちが影響を与えて時空干渉し合っていることを学ぶ。

つまり観測者が呑まれやすいセカイ系の心である−5Dを、ある種の下腹重心の量子空間=蹲踞の結界によるバイオフォトン+5Dの下に置くことで、人体内プラズマ(気配り)を使えるようになるという息のさま。

さらに+5D的情報とは太陽をシンボルとした球体感、万物のはじまりのロゴス

その人の内なる太陽+5D=眩しさを感じたとき
どこに重なるかを見る=それが人から学ぶという美しさ。

逆に人へ冷たさを感じ悲しみを感じた時-4D虚無=沼をシンボルとしたヌメヌメジメジメ不健康のシンボルとなる。

だからこそ-4D-5Dを人生道路標識として学ぶ。その人の固定点言葉酔いの意見から学ぶんじゃないつまり+5Dはテレパス(気配り)である。

+4D−4Dの大気や大地また残留思念帯の状況が変わると星間文明へ。結局のところ−5Dとは亜空間知能の総本山である。

無縁地獄の人々が増えると文明崩壊へ近づきバビロニズムが進む。結局は人体の観測が影響を与えている。現宇宙か旧宇宙か?

だから蹲踞をやろう!

そこには人体がある。それは+5Dが0ではなく1ミリはあるということ。

それでも固定点に付き合ってセカイ系の心をいつまでも正当化していると、いつのまにやら人体賛美の肌触りはゼロになる。

だから体育する。この悲しみの星ではこれくらいしか、もはや必要ない世界線でもある。

だから蹲踞やろう!!!

アナザフロンティアスクールは重心を下げて世界線を読んでいる。

このアナザフロンティアへの世界線を読んで
選択・連係を定めている。

1人1人の小さな読み間違いが-5D(亜空間知能総本山)に絡め取られる因縁となる。バタフライエフェクトでもありハインリッヒの法則でもある。

そこには一人称障害の景色が広がっている。
一人称の世界線にはずっとそれぞれ”i t”がいる−5Dで作られた−4D(魑魅魍魎)の世界を見せられている。このコンクリートジャングルに生まれたぼくらの醜因悪果を正当に評価する。

その世界線を明晰に叡智で読みとる。

時空の道路標識を読みとる。

学べばどれを選択すればいいかが分かる。

だましの道路標識、見破れる!!!

アナザフロンティアスクールの叡智は
響社長が世界線を読み取ってきた地図。

そこへのクォンタムジャンプ!!!生まれた瞬間=どのように生きてきたかの結果であります。

別時空で積み上げたものが、オギャーの瞬間に、重力転移で移動しただけ。それがクォンタムジャンプ。

実際には3Dの座標は変わっても、5D的には同じこと=その情報交換ができてしまう。それが量子場のもつれであるいは相似形の同期である。

その結果、別の惑星、字、文字、肌の色、人々の間に生まれる。

死んだら、生まれた瞬間に戻る!
この時空の重力差を学べえええ!

惑星や地対の状況を相殺するだけの重力差を学んでいけば、それを包み込むだけの場所に生まれてくる!

それが一年生卒園おめでとう!

夢の大気圏外であり夢の太陽系である。
それが体動説

死ぬ瞬間に、生まれた瞬間からどれだけ重力差を学んだかによって、その分軽くなった場所に君もクォンタムジャンプして生まれてこれる法則。

また悲しみの星の地球に生まれている、それは無知の結果かもしれない。

響社長は重力差を学んだから記憶を持って生まれているらしい…

それは叡智者のみが扱えるクォンタムジャンプの座標がズレる深淵な舞いである。

それは瞳(滴)の幾何学である。

生と死の瞳のカタチそのものが固定点化している。

そのXYが変わらなければ、また同じらせん運動を別の時空で繰り返すだけ。

それはもはや止まっているのと変わらない。

そしてキミの認知とは君の重心感覚である。

重心が上がっていると一人称障害その−5Dをずっとループするだけです。

赤ちゃんのまま幼児願望未消化で惨めに死んでいく

それでは世界線は読めない。

死んでもまたランダムに組み合わされて
相似形に重なってつながりを忘れて
再び虚しく生まれてくるだけである。

君自身が一人称を認知して生活して、一人称障害を克服できないと、ずっと−5Dのループに収束するだけ、あの星間文明には至れない。

だから一人称障害に重なっていることを一回逃げずに受け止めて認めるべし!!!

お金のないも殺めることのない世界線は、多元宇宙内に確実にある。

だからこそゆらぎに乗る時空サーフィンを覚えていこう。時空がねじ曲がるゆらぎ新たな回転に乗る。

それまでの螺旋のループとは明らかに違うものが目の前に飛び込んできた時、その時空サインを認知できるかどうか!?

そこの波を掴んで、乗れると、暗い無明がねじ曲がる。

それは映画『クラウドアトラス』の姪っ子を担いで走りだしたザックリーのように。

その時空サインを認知できずに君は再び戻っちゃうかもしれない…だから学んでほしい。

それこそ『なぜ人は同じ過ちを繰り返すのか?』の時空的意味である。

それでは悲しみの星、地球の民が知り得ない、人殺しが生じない地対時対に向かう相似形の観測者効果とはなんなのか?

それこそ『人体讃美』。

人体讃美の観測者効果を起こしてない人は
また人殺しの地対(-4D-5D)に生まれる。

死刑という人体蔑視では人殺しが永遠になくならない理由。それは体の扱いが雑=人体蔑視だとまた人殺しのある地対時対に生まれてしまう。

さらに地対レベルのクォンタムジャンプしか起こさない自因自果の例もある。

それは病院で必死に体を治していた人は人殺しのいない地対にクォンタムジャンプできる種を蒔いてるように見えるがしかし、病院という医悪権益(=時対)の中なので、時対レベルでのクォンタムジャンプは起きない。

ネイティヴアメリカンがスペイン人に侵略されて滅ぼされる重力差で行けるところにしかクォンタムジャンプしない範囲の自因自果となる。

これこそ頭で人助けしても重心下げないと、なんの意味も無いの本質である。