ちえん

人間が誕生した大地の地対やそこに住まう150人前後の組対の強い縁起を意味していて、前近代までは当たり前に世界中に存在していたが、強い地縁は各地の主意主者=カリスマや伝統の祭りによって保守されていたものである。

しかし近代帝国主義によりカリスマと伝統による地縁は、二つの世界大戦を経て記号統治の合理化=計算可能性に取って代わって急激に衰退していった。日本の歴史においては廃藩置県と寺子屋の廃止から、全国633富国強兵義務教育が制定された世界線の分岐点から次々と、主意主義の地縁(保守)というものは、我々の暮らしや日本文化からおぞましいほど失われて行った。

これは日本だけでなく世界全体がリベラルなグローバリズムにより地縁(ローカル)を失い、世界中が平均化に向かいどこの都市も似たり寄ったりとなってしまっているのが退屈な21世紀の現状である。

ここに一石を投じるのが青春エイリアンズの『プラットオース論』である。これはデジタルによる地縁の復興と、その先に見据える新たな近未来の藩の再登場である。これが丹州構想でありアナザフロンティア行動計画とも呼ばれるDcodeである。

そうなのです22世紀に向かい、再び計算不可能な非合理な地縁の大切さが見直される時が、私達のなかで時が満ちて来ています。それはコロナショックによるコロナチャンスであり、過密都市生活の終焉の兆しとしてすでに起こりつつある。それが地縁のフェニックス蘇りなのです!!!!!