あーきてくと(おやごろしのきゅううちゅうてきしんわせい)

アナザフロンティアスクールにおけるアーキテクトはこの現宇宙の上下基盤となる規定値を定めた設計意思(旧宇宙的奴隷創成)を示していて、

この設計意思には道具的存在における主知主の頭脳系譜が宿っていて、ゲノムレベルで地球の民にも、もれなく作用している。この遺伝子は時空を越えて管理者を立ち上げ優秀なファリサイを育成していく。

そのアーキテクトの息子娘らは女王蜂から生まれた大雀蜂のごとく、

システム依存者を生み出すことに罪悪感はなく、複雑なシステムを複雑に計算し、

道具存在として世界が置き換えられれば安心安全、自由平等博愛の理想社会が両立し、もが自己実現できると!、どの惑星、どの評議会においてもついつい謳ってしまうのが特徴である。

そして実はこのアーキテクト性のゲノム濃度によって、歴史的に創られる星間文明色音形は違う!!

その宇宙的事実を地球の民は知っておくと良いだろう。

さらには各惑星のマスターによる人治も、
各マスターのアーキテクト性の濃度によって、社会統治の毛色は変わると知っておいてほしい。

つまりグランドマスターの銀河人治にも実は多様性があり別段ワンパターンではないのだ。

つまり様々な変があるので、単純なアーキテクト悪魔説はとても幼稚な解釈であることは踏まえておいてほしい。

これを例えれば、時代遅れな老いた親の言う人生設計図(昭和サザエさんの幸福論アーキテクト)は確かに老害であるが、

そのアーキテクト(道具の利縁)無くしては、あなた自身の現存在は形成されないという意味で、いずれ必ず脱ぎ捨てる蛹の殻のような対称である。

つまりキチンと呆れ、軽蔑し卒業し離れていく対称として、このアーキテクトという概念は扱うべきだろう。

呆れ軽蔑し卒業した蛹の殻であっても、再び距離を縮め拾い上げ、大切にショーケースに入れる必要はないが、蛹を突き破った(親殺し)の”思い出”としては記憶しておくべきだろう。

そう誰もがアーキテクトに存在拘束されるからこそ、逆説に見出す絶望と進化(『旧宇宙の親』アーキテクト殺し=蛹の殻の脱ぎ捨て)があるという、種族レベルの記憶を忘れないこと。

これをある種のルシファー運動とも響社長は言っている。

旧宇宙の親(管理者)から人の愛し方や惚れ方など教わってはならない、なぜならそれは愛ではなく、ただの損得勘定の恋だからだ。

ルシファーにはすでに旧宇宙の親(アーキテクト)はいない。彼は芋虫の親(損得勘定)を殺しすでに蝶になったからだ。

そして君たちは知るべきだ、

芋虫のままでは、

結果的に対に出逢う事も、
卵(記憶)を遺すことも出来ないという真実を。

そして芋虫は蛹を突き破らない限り(親殺しを済ませない限り)、

アーキテクト(旧宇宙の大地の重力に拘束され)続けるのだという、これこそが我々現存在の認めたくない超真相でありスタートラインなのだ。