とりとんしゅぞく(とりてりあじん)

このトリトン(人)という種族たちにとって、死の概念は地球の民とは違うようです。『この現宇宙にあまねく普遍の時空法則においては、地球の民は自らが創造された意図を学び、それに従って生きれば、本来の記憶のままに永遠に歩み続けることができるのです』

と、このトリテリア人(トリトン種族)は地球の神話において唯一この永遠を体現し歴史を残した種族であります。

 

この地球には指標となる様々なDの書物がありますが、そこでは人間は万物を治める立場にあると教えられていて、その通りに生きたのは、この地球史の中ではトリトン種族だけだといわれてます。

 

そして彼らはこの世における死(記憶の消滅)というものを一度も経験しませんでした。

 

彼らいわく「死とは情報の誤った解釈(多元量子バグ)に過ぎず、さらに叡智不足による記憶の混乱が生じ、そして自滅的なものとなった」ということです。

 

地球的な見方ではこの死には寿命というものが関わってくるのでは?という疑問がすぐに湧いてきますが、このことについては50年代に訪れたスペースピープルは、こう答えてくれています。

 

『いいえ、それは間違った概念です。あなた方の指南の書(バイブル)は、死(記憶の消去)とは、人間本人によってもたらされたものであるから、命の記憶は再び人間本人によってもたらされなければならないものです』と告げられています。

 

つまり、もし各々の人体が生命の正しい概念と目的を持っていれば、私達ですら記憶の死滅も寿命も知ることはないとのことなのです。

 

なぜなら人間とは活動する想念(量子)に他ならず、想念(量子)は老いることはないからです。

 

これが進化というものらしいのです。

 

あなた方は死を知っていると言いますが、この宇宙では実は何も死することはなく、いまだかつて誠に死んだものも一時的に産まれたモノも本来的にはナイわけです。

 

そこにあるのは絶え間ない変化のみであり、それは常に新しいものですから、そこに一元的な寿命や、死という記憶の消去は存在できないのです。

 

その法則とは無の活動と終わりなき進化です。

 

あなた方は、惑星自体も含めた地上の全ての統治を本来的には任されているわけです。

 

それは地球に限ったことではなく、全ての惑星世界を意味しています。

 

つまり人間というものは惑星やその環境にではなく、この宇宙全体にあまねく存在するユニバーサルデザインの閃光なのです。

 

『私はこの世にいますが、この世のものではありません」『父の家には多くの住まいがあるのです』とスペースピープルはバイブルのDの言葉を引用して、続けます。

 

「地球の人たちがこのことをよく理解して、そのように生きれば、上記のトリテリア人のようになれるでしょう。そして未来に死(記憶の消滅)を見ることなく、それどころか更新され続ける記憶を得ることになり、老いることもなく、いつまでも若々しくあり続ける事も可能になるでしょう。これが他の惑星の人々が学んできたことなのです・・・・・」

 

しかしの地球は、貴方たちの狭い集合無意識が創り上げた世界に包囲されてしまっています。

 

ということはアナタ自身に責任があるということで、そのパラレル世界に因果の修学で選択して居住しているという巡りになります。

 

この記録の輪廻転生は、結局はアナタ達の想念が創った苦肉の世界であり、その意味では幽界霊界の世界も然り、アダムスキーが言う「エーテルとしての霊界は無い」という教えが、宇宙全体から見ると基本的には我々の想念が同意した時にのみ実体化する、ある種の仮想世界だという科学的事実である事が理解できるでしょう。

 

私達、他の惑星に居住する我々はこの多くの仮想世界の仕組みを遥か古代に学習し、地球表面の民より遥かに進化を遂げて来たという訳なのです。

 

確かにあなた方が、これをわかったフリで、荒唐無稽な話としてSFなどのフィクションの世界だと認知してしまう癖がある事も充分理解しています。

 

しかし、いつまでもそれでは何の気づきもありませんよね。

 

そしてロズウェル事件以降、私達の同胞が言及することは、各国地球軍部が現状の修正をしなければ、かのレムリア、アトランティスや旧火星と同じ末路を辿るということを示唆しているのです。

 

このようにスペースピープルが説く事には数多くの学びがありますが、例えばアナタはただの物体ではなく「内なる瑞々しさ」であるという真実。脱一人称障害の愛という学びに対してどのように思われますか?

 

このDという高次元星系の叡智を与えられて学んできた地球史ですが、亜空間知能の遣いとなった代理人が身動きができないように、数千年も民をコントロールしてしまった今日であることは明白です。

 

私を含め、これからも地球人の人体の変革が求められます。

 

この日本には古来から、貴方の喜びは私の喜びであるの教えがあります。

 

これは今でいう宇宙船地球号などの相互に統合された景色(時対)であります。

 

例えば日月神示では「人の観ていない所で人のために奉仕をしなさい」その行動は時空に奉仕することであり、廻り廻って貴方自身に帰ってきますと。

 

私たち日本人は、このような基本神道の世界観を持ち、古来からこのような武士道や、かんながらの道も受け継がれてきました。

 

明治維新そして先の敗戦で本来の大和魂を抜かれてしまった状況ですが、令和においても各界のメッセンジャーが、この日本人が地球のロールモデルとして覚醒する可能性も望まれていたりします。

 

このことは何を意味するのでしょうか?

 

幸いにも地球の過去文明にはこのような偉大なトリテリア人もいたことを、ここで知ることで、私達、和の国の民は心新たにしたいものですね。

 

そしていまや大きな舵取りが、地球内で太陽系視点での宇宙ベクトルの軌道修正(下腹重心教育)こそが、まさに必用であることに気づかされるわけです。