まぶい(まぶさ)

容貌が美しいさまを意味する語。「まぶしい」を省略した言い方であるが、アナザフロンティアスクールでは雑味世代が駄菓子屋や部室で追い求めた、90年代の大人達の暗き平成の薄さに流されぬよう、を濃く濃く一瞬のパンチラをも見逃さぬ青春のピカイチでハレンチな慧露さの事を”まぶい”と呼んでいる。

このまぶさはある種のトンチ(頓智)が効く姿であり、掛け替えのない1人1時空の現場のAlive(活気)で、手を抜かずやり抜く背骨の勢いが肝心で、何かに成ろうと周囲を出し抜く未来計画に依存したそんな意地悪な空気感とは無縁な健康的な姿である。

それは広末涼子さんのポケベルCMの圧倒的な爽やかさや、スラムダンクの山王戦で燃え尽きてしまう物語の終わり方に通ずる、この瞬間を擦れさせ、余力など計算して残さずピッカピカに眩しく、バカみたいに放射し切っていく姿である。

この90年代後半の世間のもつ幸の薄さの同調圧力との対決、この青春時代におけるピカイチでハレンチな生きる意味を濃くする眩しい闘いの事を、雑味世代は”まぶい闘争”とも呼んでいる。

このまぶい闘争の勝者こそBOØWYであり、永遠のお兄ちゃん性あの氷室京介兄貴であった。

このまぶい氷室さんのお兄ちゃん性や、96年エアマックスを履いた、広末涼子先輩のお姉ちゃん性のまぶさ!!!この辺の闊達さや健康美な振る舞いを総称してアナザフロンティアスクールでは”まぶい”と呼んでいる。

そして残念ながらこの『まぶい(場をかき乱し、セオリーを破壊して、見たことのない景色を見せるお兄ちゃん性やお姉ちゃん性』の日本伝統の青春の継承は、84年世代の青春で止まっている説が濃厚であり、

それ以降の87世代、88世代、89世代では段々と未来依存な周囲を出し抜く不健康なスタイルの青春が主流派になり、健康的で『まぶい』文化は次第に廃れていく。

そして彼ら87世代以降の青春の潜在意識教育にはドラマ『GTO』やドラマ『キッズウォー』が埋め込まれていった訳です。

しかしこのようにコロナショックに見舞われた令和に入り、再び悲願の”まぶい”の再興は、日本再興には欠かせないものだとアナザフロンティアスクールでは自覚されています。

なので今日から君も”まぶいもの”を探求し、”まぶさ”を放つ生き方働き方稼ぎ方を、このアナザフロンティアスクールでぜひクエストしていってほしい。

今を濃く濃く!一瞬のパンチラをも見逃さぬ青春のピカイチでハレンチな慧露さを令和に再び!!!