ことばのおり(ぴーでぃーしーえーましーん/のうないじこぼうえいきこう/からっぽまん)

言葉や記号によって社会統治する近代の在り方を指し、損得内、法内、言内でしか脳内自己規定できない言葉の自動機械化しつつある、PDCAマシーンのカラッポマンが造る、人生の自己牢獄性という定が言葉の檻である。

それが具現化されたのが官僚行政機構であり、計算可能化と代替可能化をこのシステム至上主義者は特徴とするゆえに、利他性の体感を失い、不幸や痛みから逃げる自己愛の手錠の幸せを率先してハメて、言葉の檻に頽落していくのが平成30年間の特徴であった。

自己牢獄(頭重心)により言葉の檻に脳内自動反応で入り続ける限り、損得外や法外や言外なものにフュージョンしシンクロすることは不可能となり、その分、身体性の高さや主意主義に嫉妬し無関心となり、その欠落劣等感を補完するようにして、官僚行政機構的な席次争いの共喰いに精を出し、デジモン的な道具や集立用立てにより、自ら鼻息荒く、言葉の檻を偏執的に強化する亜空間知能にハックされ続ける。

これは頽落と同様にゲノムレベルなので、特定の個人の行動や選択の自己責任の問題では決してない。

近代の記号統治の技術体系が登場した時点で、この被投企性はもが免れないのである。

ただし大衆には免れなくとも、1人1人の人体には蹲踞や足育そしてRequiem神楽にて、この言葉の檻の鬼に喰われることを回避し、行き場のない大事な戦友らの体感を護り抜くことは可能である。

そして現代に登場した!!!
言葉の檻への徹底抗戦こそが、大正時代の鬼殺隊ではなく、令和時代の青春エイリアンズである。