かふくじゅうしんぶんか

時はコンクリートづくめの富国強兵なる戦争経済社会へと、近代化、三密の都市なる世界線へと僕らが止むに止まれず乗り換えたあのあたりから…

侍の刀と下駄の臍下丹田文化は、

頭重心言葉酔い官僚文化のスーツと革靴に塗り替えられた。

その結果、次第に明治開国を苦肉に成し遂げた先人ら(士族)の肚づもりを受け取れずに過ぎ去った昭和が到来した。

その因縁は一度目の世界大戦の薄氷の勝利を、ヘラヘラと自惚れた頭重心の父性母性へと結実させることになる。

この昭和世代の父性はそのおごりに最後まで気付けず、歴史的敗戦へと欧米列強の冷徹さに完膚なきまで誘導されていった末路であった…

そこにある日常はサザエの尻に敷かれるマスオであり、波平の苦労を汲み取れぬコカコーラやマクドナルドで無闇に過保護にされた、平成を代表するタラちゃんの姿である。

これが失われた30年と言われた平成の姿となって我々の前に立ち現れていく。

そして平成は世界にひとつだけの花と言う、SMAPや槇原敬之さんの頭重心に造花が咲いた時代の到来だった。

皆、自分の自己実現という造花のために、他人事に関心を失い、公を継承する事への畏敬や先人への感謝を失った、エセ個人主(自己文脈)のアリの群れが臨界域まで達した結果訪れたのが、3.11津波大地震原発事故の三重苦であった。

その計画停電のさなか試されたのは、自国の歴史の整理であり他人事が自分事になる基礎教養、そしてノブレスオブリージュ。本当に上に立つ者(社会的父性と母性)としての資格の是非である。

あの3.11の時に打ち砕かれたもの…それらは昭和から勘違いしていた頭重心の自信や自惚れであり、官僚構造(昭和型組織経営)への共依存の結果招いた、国民1人1人の社会的父性や母性の欠落による無力さである。

この無力さに決着をつける道筋こそが、明治期にまで受け継がれていた下腹重心(胆力)文化の復興なのである。

あの明治大正に置き去りにしてしまった、我が国の世界に代表しても恥ずかしくない侍や撫子らの民の在り方、それこそが、下腹重心文化(胆力、腹が決まる、腹おちする、腹が据わる、腹が太い、腹づもり等々)の学び直しである。

これをRSELでは蹲踞アナザフロンティアスクールの名のもと令和の侍と撫子のルネサンスへ進み、2050年以後のシンニホン再興に向けオンラインにて下腹重心指導を続けている。