だるまのじくうほうそく

「カルマ=自業自得因果応報」から「ダルマ」の時空法則についての解説を以下にしましょう。

「僕らは 何のためにこの世界線に生まれてきたのでしょう?」

または「僕らは なぜこの世界線に生まれてきたのでしょう?」


そんな取り止めもない事を一度は考えたことはありませんか?

この世に生を受けた僕たちは、

この広い宇宙の片隅として生きている日常と呼ばれている世界線の真実を知りたい…

実は僕らには それぞれに持って生まれた人生の目的や約束、その奥の真相があると言われており、それを古代のヨガの叡智では「ダルマ」と言います。

それを実現するために、僕らは人という肉体を時空と組み紐のように結い授けられ、一人ひとりに必要な才能や能力または治すべき癖を持ち合わせています。

それに気づくことで自己納得、その腹の声が満たされ背骨に繋がる潜在能力(使命OS)を必要なタイミングで発揮していけて、

生きていく上での実利や財も与えられ、有益な人生を送ることもできると言われた古代の叡智です。

またこのような創造性豊かな流れを「ダルマの法則」とも呼び、その法則の3つの条件と実践が以下のようになります。

①我々は皆、広く複雑な時空から互いに結び受けたチームのボディーであり、本当の約束、臍科学の(記憶)に気付くために生まれてきたことを知る。

②1人1時空を認知し人体に時空課題を自覚させ五層対の試練に向かいチャレンジする。

③その五層対との関係性において個人戦で思考停止せずチームワークで生きる。

ちなみにチームワークとは?

「自分にとって何が有利なのか」「自分のためには何()が役に立つのか」そういった思考は全て個人戦です。


「私は何をすることで何(誰)かの役に立てるだろうか?」

「私はどうすれば周囲のチームの役に立てるだろうか?」という体本来のチームワークの問いについて考え、行動に移すこと。

「凄い人と思われたい。」とか「凄い人になりたい。」こうしたショボい利己的な考えを放棄し、生きる目的を見つけ、ひたすらそこに身を委ねることです。

それが本当の意味での才能を生かす事。

人生の目的であるダルマなのです。

ここでいうダルマ(=約束)とは、
超越した霊的な何かに無理にさせられる仕事や業ではなく、

自分の役割や時空課題を明晰に理解し献身的な気持ちを持って、できることや、本来やるべき事に尽力し、集中することです。

そうすることで、個人戦を超越した領域で生きることができます。

何か目標となるものがあれば、

それに対して何ができるかと頭で考えるというよりは、身体から閃いたアイデアに対して具体的どうすればいいのか、ということを考えて行動に移す姿勢や生き様にあります。

その為に普段から意識することとして

・自然に触れ五感を研ぎ澄ます。

蹲踞により想念想念の間にある空間を創る。

・物事に対してジャッジをつけたり、善悪や正ぶった判断をしない。

・自分の才能を経世済民のために使う。

などが挙げられ、そのダルマ(=人生の目的に)向かって実践することが古代の「ヨガ」と呼ばれたものでした。

一方「カルマの法則」があります。

「カルマ」とは、行いや業のことをいい、自分のとった行いは必ず多角的に自分に返ってくるというシンプルな仕組み。

良い行いをすればよい結果がもたらされ、悪い行いによって悪い結果が生じるという「カルマの法則」は日本語で言う「因果応報」。

ダルマの法則が「宇宙の理」や「自然の理」という基本的善良さ天行健の流れ回転を指しているのに対して、カルマはその流れを頭重心で止めることを意味します。

人は何かをするときに行いの結果を期待する執着から、恐れや不安感を抱きます。

「私が行いをしている」という一人称や居着きがある以上は、人は固定点の行い六道輪廻から解放され本質的自由には達することはありません。

個と全体の調和を無視して自分自身の固定点だけのために思念を満たす者は、かえってカルマ(一人称障害)を積むことにもなります。

”さあ、僕らには何ができるでしょうか。”

”さて、君には何かできるでしょうか。”

それがダルマの叡智法則の始まりです。

そしてダルマはあの赤いダルマさんの七転び八起きがシンボルです。

つまり七回頭重心の因縁果カルマが巡って転んでしまおうと、

八回目でダルマになって起き上がれば万事塞翁が馬で、禍い転じて福となすが出来るの法則なのです。