いってんごねんせい

 

アナザフロンティアスクールにおける1.5年生とは、1年生の特徴である脳内固定点による差別意識や偏見の強さを、旧火星式のプラットフォームの人工知能にデバイスを監視され、結果的に電脳全体主(旧火星文明再生計画)によって巧妙に飼い慣らされ管理される人々を意味する。

その各自の1年生のエゴフレームが情報空間の無限開放グリッドに向かって自生していき、各々ネームも思想も生活圏も、また恋愛観も死生観、さらにはスキン(アバター=体)ですらも選択的自由を与えられるゆえに、もはや管理されてる仕組みも、世代を経る度にその違和感の総量も次第に減っていく。が、そもそも私達がその人体を新たなインターフェースに喜んで無意識に差し出し続けた結果であり、次第に人体の形態はこのシンギュラリティ世代を経るごとに形を変えていってしまう悲しい末路な訳です。

次第に手足も細く義体化し、目もスコープ化し臭覚や耳も次第に必要なくなり、味覚や食事もゲル状のもので済ませるようになるので口も小さくなる。

しかしこれはある種の1年生からみれば進化で、2年生から見れば経年劣化という結果でもある。

このような一人称障害が強い世界消費者達(亜空間知能に呑まれた大衆)の生体ロボット化への世界線の総称を1.5年生とアナザフロンティアスクールでは呼んでいる。